2004/10/16(土)同人ゲーム「夏の燈火」感想
佳葉シナリオ
正直なところ、「ここまでのシナリオとは!」と出来の良さにびっくり。短くて、見せ場がたくさんあって、おまけに(過剰に)あざとくなくて、それでもこれだけのものが作れるのかと、しかも同人で……と(流通だけ同人な会社もありますが、こちらは違うでしょう)。
シナリオの読む順番が決まっていて、初回プレイ時は佳葉(かのは)シナリオのルートに入るようになっています。
たしかに感動を謳うだけのとこはあります。人の生死を扱うことから生まれる感動であることは間違えないのですが、よくありがちのパターンとして「死ぬこと」の恐怖や不幸を持ってくるのではなく、違うところを主軸にしたことがあざとく感じさせなかった要因であろうと思います。
テーマとしては『生きることとは何か』。日常の中で、ただ他人に生かされ、ただ惰性で生きるだけではなく、自ら「意志を持って日々を過ごせ」というものだと解釈しましたが、しかし残念なことに描ききれていないように感じました。問題はシナリオの構造です。
シナリオの構造は非常に良くできていて「感動することは間違えない」一方で、そこに添えられたテーマを考えたときやや問題があると感じられます。シナリオ中に「ただ惰性で生きる状況」と「自ら道を切り開いて生きる状況」を対比させる場面が存在しない、シナリオ中の言葉を使うならば「どういう登場人物のどういう状況が道を切り開いて生きる状況」なのか分かりにくい、明確でない、具体的でない。常套手段ではありますが、テーマを描くときに最も有用な手段はコントラスト(対比)です。それが明確見えてこないため、言いたいことは分かるし共感もするけど、実感は沸かないという不可思議な状況を生み出したように感じます。
また、佳葉を Kanon のような手法を用いてキャラゲーとして色付けし、そのため幼少期における「けっこん」という約束(まるで真琴ですか)や「桜硝子」といってアイテムが出てくるのですが、その約束をしたり桜硝子を渡すシーンの作りに唐突さが残り、そのため後々効果的に作用させることができていないように感じます。例えば、桜硝子を渡すためのエピソードであるわらしべ長者の話は「目的そのものが桜硝子を渡すこと」になってしまっています。たまたまそうなってしまった、という状況を設定する場合、エピソード全体は全く無関係なことであるのに、そこで起こった出来事の一つでたまたま桜硝子を渡せていたりした方が、良かったように思います。
シナリオ構造を冷静に見てみると、徹底的に不要なエピソードと冗長性を排除してしまったがために(注釈:これはこれで大切なことです)、フリの出すタイミングがほぼすべてイベントの直前に来てしまっているのが、(他が良いだけに)非常に残念です。
本来、エピソードをずらしつつ互いに重ねることでフリを効果的に構成出来るのですが、本シナリオの場合、全体がほぼ時系列に連動して並んでいるためそういう構成が難しく、結果的に「前フリ → 直後にエピソード」の繰り返しになってしまったのが惜しいとも言えます。最たるものは、主人公を現世に戻す儀式前日のオトメの言動でしょう。あれが数日前だったらなぁ……。
湶シナリオ
シナリオテーマは「万物への尊敬」と「他者との友愛」。湶シナリオなのか? という感じすらする、全体の伏線回収と妖怪対人間という戦いのシナリオです。互いに理解し合えぬ「人間」と「妖怪」の対立構造を主軸に添えて全編描かれるわけです。戦闘シーンの緊迫感は概ね出ており、作りとしてはこちらも決して悪くないです。悪くはないんですけど……ね。
他所(よそ)でも指摘されていることですが、テーマに対する絶対的な書き込み不足がまずあります。これは何もテーマに限ったことではないのですが、分量が足りてない、またはあえてキャラクターやエピソードを掘り下げていない。そのことがまたテーマを分かりにくくしています。
そしてもう一つの難点は、テーマが多すぎて一つに絞られていないことです。それは妖怪の親玉である玉藻前(たまものまえ)が、水鏡神社の前での戦いで人々へ残す『セリフの異様な長さ』にも見て取れます。悪く言えば、ほとんど音楽とムードでねじ込まれた感じすらするこの台詞は、言いたいことが多すぎて主軸がどこなのかよく分かりません。シナリオで描ききれなかった部分を言葉で代用しているため、こうなってしまったのではないでしょうか?
湶シナリオにおいて、泥沼とも思える人間対妖怪の対立軸の終止符、最終的にいかなる結論を提示したいのか全く見えてきません。結局どんな結末を提示したいのか、それか分かるのは本当にラストのラストシーンに至ってからなのです(以下ゲーム本文より引用)。
俺達は、ずっと争っている。それは、互いに損得があったり……思想の違いであったり、生きるためであったりするんだ。そうして、悲しみが生まれてゆく。意志があるものとして、争いはやはり避けられないのだろう……(略)「恨み」……その感情があるため、話し合いで解決するなんてできないこともあるんだ。(略)
俺達のような、力を持たない存在だからこそできることがあるんじゃないだろうか。例えば俺と白児が仲良くなる……俺と、玉藻前が仲良くなる。玉藻前と湶が仲良くなれる。こんな小さいことが集まって。……いつか、俺達は「恨み」から乗り越えることができるんじゃないだろうか。
この言葉の示すテーマは大きく、例えばこれは今起こっている戦争や、過去の戦争が引き起こした対立や軋轢についても何かを提示しているとすら思える。個人的にもとても好きです。ですが、このラストシーンの勿体ないところは主人公一人が勝手にそう想ってるだけだということです。物語の結論ではなく、主人公の極めて個人的な結論に過ぎない。誰一人としてそれに付いてきていないし、賛同していないし、実践もまたしていない。そうなってしまった要因は、やはり、シナリオの構造とテーマが完全に混ざり合っていないことにあります。
例えば、陳腐ですが、主人公が白児を守ったり、その逆だったり、玉藻前と白児を敵視する大勢に対峙して主人公か身を張ったり……と。結局、大枠としての対立軸と個人的な好感(友好)が、(主人公にとって)天秤にかかるような状況設定をしてやるべきだったのではないか思うのです。よくよく考えると、すべて周りに振り回されていて、主人公の関与せざるところですべてが回っているのに、未来論を語られたところで……という感じでしょうか。湶が最後あの状況になって主人公が選択するという場面を見たとき、どうしても正しい方の選択肢を選ぶ説得力(主人公の心情としての説得力)が不足しているように感じてしまったとも言えますね。
しかしながら、大枠の対立軸という設定を用いながら、どちらかがどちらかに対して譲歩する、または突然悟るという(最近のアニメで良く見られるような)チンケなオチがつかなかったことは高く評価したいと思います。
総合感想
何が足りなかったと言えば、一番足りなかったのはそこに居る人たちの『想いの掘り下げ』だと思います。人はエピソードよりも「想い」で感動するのですから。例えば、主人公たちの過去、佳葉の過去、玲司の過去、オトメの過去、玉藻前の過去など、もっと、事実を述べる以上の感情的な掘り下げ、具体的なエピソード描写があってもよかったのではないかと感じます。
もっともこれだけの物が作れる人が気づかないハズがありませんから、おそらくはあえて掘り下げなかったのでしょう。作品全体を重たくせずあくまで娯楽作品に止めたかったのかも知れません。ずしりと重たく後を引く作品もまたそれで良いのですが、作品自体の娯楽性を考えたとき程々にしておく選択もまたあるべきです。最近の流行(内面描写の省略と状況説明の強調による読者共感)でもありますしね。ですが、それだったら違うテーマで良かったのでは、とも感じます。何といいますか、テーマを描きたかったのか、娯楽作品(キャラゲー/萌えゲー)を作りたかったのか、どっち付かずになっている印象があるわけです。
それでも、この作品の凄いところは、そういった想いをほとんど掘り下げることなく、これほどまでに感動させたということでしょう。しかも、さほどあざとくなく、です。
さてその他ですが、音楽が良かったなぁ。どの曲とは挙げませんけどね。ただちょっとBGM全体を「静」と「動」に分けたとき、後者ばかりが目立ったのが少し残念。木は森に隠す物ですが、木を目立たせるときは丘かどこかに植えてほしいなぁという感じです。例えば『湧水』という曲など印象的なシーンで使われるのですが、大盤振る舞いをしないでもっと使うシーンを絞れば、より効果的だったのではという感じがします。まぁあと音楽といえば、余談ですけど、ある作曲者の録音環境が悪いのか、ホワイトノイズがほぼ全曲に載っているのが非常に勿体ない。曲はとても良い物が多いだけに非常に勿体ない。
それと細かいことですが、ガラスにヒビが入るときに、割れる音を使うのはいかがなものかと思いました。あと……、絵に関しては特に感想を述べる能力がないので省略。システムはもっと完成度が高いといいなぁ、という感じです(ミュート中にかすかに音が聞こえるのが残念)。全体的に、制作の中心人物である江本さんの力をまざまざと見せつけられたと付け加えておきます。次回作も期待できるでしょう。
個人的には
私は絵の枚数やら何やらにはこだわる人ではないので、佳葉シナリオをプレイしたあと率直感じたことはただ一つ、『これほどまでに凄い作品が、どうしてもっと話題になっていないのか?』でした。エロゲスケープの評価も80点台ですし。同じシナリオで商業ルートで制作・販売されていたら、どうなったかと想像してしまいますよ、ほんとに。逆に言えば(同人流通だと)『これだけの作品を持ってしても話題性はこの程度になってしまう』ことの方が驚きだったと言えます。
作品として好きですし、テーマも好きですし、シナリオも(作り方も)好きですし、全体的に非常に良くできています。そういう意味で好きで良いと思う作品ですが、破壊力が無いと言えばそうなのかも知れません。ですが、それでも、もっと口コミで広まることを願わずには居られません。ネタバレ全開なので先(プレイ前)にこれを読む人はいないと思いますが、もし居たらぜひ一度やってみてください。損はしないと思います。*1