2003/12/03(水)ゲーム「月姫」批評
- 秋葉(あきは)
- 翡翠
- 琥珀
- 人物の想いが出てこない
- 心情が分からない
- 想像できるか、できないか
- 追い詰められた人間の緊迫感
- プロット推敲のための物語
- 綿密なプロット
- 他の方法はなかったのか?
- 月姫の良いところとその他
- シナリオライターさんについて
- 月姫のもう一つの選択肢
秋葉(あきは)
八年前。志貴が兄でないことを知りながら、本当の兄のように慕っていた。志貴がシキに殺されたとき、自分の命を分け与えることで志貴を蘇生させました。
ここでは(秋葉ルートでは)、秋葉が遠野の血に負けるかどうか、に重点が置かれます。シキは、秋葉を遠野の血に負けさせた仲間にさせようと動きます。最後には、秋葉が狂ってしまったままの生き延びるラストと、志貴が秋葉に命を返すラストがあります。ストーリーの中に、琥珀の目論見などは見えず、シキと志貴の同調は、あくまで「志貴が覗く」という形で現れます。
秋葉を殺すという選択肢もありますが、この選択をとると志貴本人も死んでしまいます。当然と言えば当然です。
翡翠
琥珀の前フリと断言して良い物語構成で、翡翠シナリオなのに翡翠がヒロインであるかどうかは疑わしいところです。翡翠から語られる「琥珀の真実」とでも言うべきお話。
志貴はシキに命を奪われたために動けなくなってしまいます。シキが活発に活動するから志貴が活動できなくなる、と語られています。感応者である翡翠の力(契約すること)により、シキを倒しに向かう志貴ですが、学校で戦っている秋葉は圧倒的にシキより強いので、その行為自体無駄だったと言えるのかも知れません。
琥珀は秋葉の気をわざとそらすことで、秋葉に致命傷を与えようとします。ラストで明かされるのは、ほとんどすべてが琥珀の筋書きである、という事実です。このルートにおいて、秋葉が死に、志貴へ命を供給しているモノがなくなるエンディングも存在しますが、これは翡翠の力で生き延びていると解釈できるでしょう。
シキと志貴は意識が入り込んだりなどの現象が起こり、その中で対話もあります。この物語において、シキは志貴を知りません。どういう人物か全く知らないのです。知らないというより琥珀に騙されていたことになるんですけど。
琥珀
月姫裏ルートの総決算というべき物語です。このルートは、大半の設定をプレイヤーが納得していることを前提に書かれており、不要な説明が最大限省略されています。琥珀の行動原理や想いなど、そういったものはプレイヤーが理解している、その上で主人公志貴にも簡単に気づかせて物語が進みます。
にも関わらず、琥珀がいつどの時点で「遠野への復習劇」をやめたのか、それが明確に語られていません。翡翠エンドで行われたネタ晴らし以上の情報は、ほとんど(期待するほど)出てこないのです。煽られた期待は裏切られたまま。秋葉の想いに応えない志貴、その間に居る琥珀、そんな構図を抱えて物語は終焉を迎えます。
ですが、秋葉はなんで元に戻ったのか、琥珀と志貴を許したのかが、いまいち釈然としません。理由は付けられないことはありませんが、これまた「語られていない」のが不満です。
人物の想いが出てこない
アルクェイドルートでアルクェイドの想いが語られず、シエルルートでアルクェイドの想いが強く語られたように、秋葉の想いは琥珀ルートで強く語られ、琥珀の想いは翡翠ルートで強く語られる。その点において、非常に不可思議な構成をしています。
たしかに、人物がそう易々と自らの想いのたけをぶちまけて「あのとき、そして今、わたしはこう想っているの」なんて面と向かって語る(独白する)ものではありません。わざとらしい独白は、多くの物語に多く存在します。独白しない点においてリアルと言えるかもしれませんが、かと言って描くべきものであることには変わりありません。
本作において想いそのものを語らずに、想いに動かされた人を描いており、想い自体は「他の人の話」と「その行動」から読み取れということなのです。たしかに「好き」「嫌い」など単純ものであるなら、それで十分でしょう。しかし、この月姫の物語はそんな単純ではない。設定においても想いにおいても複雑怪奇なのです。
例えば、琥珀ルート最後の方のシーンで、琥珀が利用していることを志貴が「知っていた」と言ったところで、琥珀は唖然とします。ですが、その唖然はどういう感情によるだったのか「明確」に分かりません。そう言われたとき琥珀がどう想ったのか分からないのです。想像するにしても、琥珀が本当の気持ちを取り戻したシーンが(ほとんど)ないため分かりません。物語である以上、人間は結末を観たいと思います。話の流れとしての結末もそうですが、人の想いとしての結末も観たいのです。
登場人物たちの、物語としてもっとも描くべき気持ちを、月姫という作品は「ことごとく省略」しています。
心情が分からない
実際、多くの人物の心情が分かりません。どういう気持ちので秋葉は志貴を欺いていたのか? 翡翠は何を知りながら、琥珀に対して、秋葉に対して、そして志貴に対して何を想いながら動いたのか、なんで志貴を好いたのか? 琥珀は長年演じていた自分に対して最後にどういう感情をもったのか? 挙げればキリがありません。
また、それ以外に、シナリオごとに登場人物の想いが微妙に異なります。パラレルワールドでマルチシナリオだから、複数の結末であることは納得できます。ですが、そこに出てくる登場人物の想いや心情、行動原理までに違いが出るとプレイヤーは混乱します。もちろん大枠ではズレていません。ですが「なにか違う」ような違和感があります。劇中の台詞で言えば「気づかないような、見逃してしまいそうな小さなズレ」が月姫全体に存在します。
続いては、より具体的な検証を。どうにもこうにも、プロットを遂行するための登場人物という片鱗が見え隠れしているような気がします。
想像できるか、できないか
秋葉は一体どんな想いで「(いざとなったら)私を殺して」と頼んだのか? 殺した時点で主人公も死ぬのですから一体どんな心境だったのでしょう。長いこと苦しみに耐え操り人形と化していた「琥珀」は、リボンを返されたとき何を想ったのか、今での自分とどう決別したのか?吸血鬼狩りしか知らないで行きてきた月の姫君アルクェイドは志貴との出会いで一体何を感じることが出来たのか?
琥珀のことを知りながら、「姉さんには言わないで」と言った翡翠は、一体姉に対してどう想っていたのか?(姉に操り人形で居て欲しいと本気で願ってた?)。なぜ翡翠は、リボンの約束を勘違いされていることを黙っていたのか?琥珀は、志貴が秋葉に勝てる力を持つことを本気で信じていたのか?
まぁとにかくそういうところが一杯あります。もちろん情報不足ではないので、登場人物の状況(シチュエーション)から想像することは出来ます。……があくまで想像です。物語として語られてはいません。ヒントがあるのみ。
結局のところここが焦点なのです。シチュエーションから登場人物の心情をどれだけ明確に想像できるか。これが出来ない人は月姫を完全に楽しむことが出来ません。そして私はその一人であり、多くの人はかなり想像できていたようです(少なくとも多数の感想や批評を読む限りそう判断せざる得ません)。
月姫の登場人物たちは、自分の中から沸き上がる感情、というものをあらわにすることがありません。状況や行動、態度から「あぁ何か変わったんだな」と想像するしかなく、いかなる過去を抱えていたのかは、事実から感情を憶測するしかないのてす。
例えば秋葉の「八年間兄さんが帰ってくるのを、ずっと待っていた」という、言葉は事実以上のことを伝えていません。
「私にとって兄さんは兄さんだけなんです」は感情を伝えてきますが、「私はどんな気持ちで兄さんを……」「一人待ちづづける寂しさ。いつか返ってくる日を……(うんぬん)」とか、そういう表現はほとんど見られないのです。
追い詰められた人間の緊迫感
深い考え、長い経験、想いの強さが決壊するとき、その人間からはとめどない感情が溢れだします。そういうものがないのです。秋葉は、自分を殺してくれ、と冷静に伝えます、琥珀は笑顔で「自分が首謀者」であると笑顔で、そのまま自害します。翡翠エンドで秋葉が死んでも、翡翠は感情を崩しも泣きもしません(琥珀については納得できる面もあるのですが)。
シチュエーションは極限状態を超えていると容易に判断でき、そういう判断や思考になってもおかしくない、と言われれば反論はできません。自らの気持ちはそうそう語るものでもない、と言われればその通りです。しかし、それでも、極限状態での人間のリアルな姿ではないと感じられるのです。人物についての描写不足は否めない。
逆説的に言うならば、月姫が見せたのは虚構であるが故の美しさであり、本物の感情の美しさではないのです。月姫の物語の登場人物が抱える問題はどれも深刻で、どの人物も(翡翠は別か……)もし感情を一度決壊させたならば、「人の弱さが浮き彫りになる」ことは容易に想像が付きます。
以下は仮説です。もしかすると弱さを描く事で物語の美しさに傷がつくことを恐れたのではないでしょうか? または、それを書くことが技術的に不可能(不得意)だったのかも知れませんし、プロットの推敲、プロット上での人間の心理にばかり目が行って、「本物の感情を書くことが出来なかった」とも言えなくはありません。
プロット推敲のための物語
プロット(物語構成)ありき、は明確でしょうが、余りにそれが強すぎるという印象があります。
上に挙げた以外でも、琥珀エンドで、秋葉はいとも簡単に琥珀を殺します。あれだけ、琥珀に対する謝罪の念を持って、琥珀の策略によってなら殺されてもよいと想っていたにも係わらず、あっさりと切って捨てます。
琥珀はなぜ、中庭での会話で「自分がさもリボンの約束の女の子」であることを知らせようとしたのでしょうか? あの時点で「約束」が「リボン」のことだと気づかなかった可能性は低く、リボンのことだと知っていて志貴に気づかせようとしているようにしか取れません(実際はプレイヤーに気づかせたかったのでしょうけど)。もしそこに、「気づいてほしい」という心理が働いたとすれば、「もう無理して笑わなくていいんだ」と言われたときに崩れてしまう可能性は大きい。もちろん「その場は気づいたことを認めたくなくて逃げた」とも言えます。
秋葉が琥珀を殺したこと(実際には殺してないんですが)を、「秋葉は自分から逃げるために、自分が狂ってしまったことにしている」という理論は成り立ちます。ですが、それはすべて机上の計算に過ぎません。「そうだ」って言うなら、まぁそう解釈しても良いでしょう、といった類のものであり、「たしかに、それは実に理に叶ったベストな解釈」とは言えないと思うのです。まぁ矛盾点を内包することを気にしない、keyのようなメーカーもありますからそれはそれで懸命なものでしょう。
しかし、こと月姫に関して言えば、そのような説得力にかけるシチュエーションが多すぎる、ようです。たまたま口が滑って情報が手に入ったり、たまたま離れの部屋を覗いて情報が手に入ったり、と。このとき手に入る情報も、適度に不完全で、適度に嘘が入ったものです。
この嘘の入り具合にも必然性が欠けます。どうしてそのとき、そのキャラクターが「その部分までしか話さなかったのか」に明確な理由がないのです。消極的理由はありますが、そのどれもが積極的理由にはなり得ません。「理由」でなくて「口実」なのです。それは時に、志貴の具合がよくなくなったり、「それ以上は聞きたくない」と志貴自信が止めるものだったりしますが、それについても同じことが言えます。
これらに対する最も説得力のある理由付けは「プロット推敲のための状況であり、人物の行動であり、出来事や事件」になってしまうのです。
綿密なプロット
誤解しないで欲しいのは、些末な問題点を指摘して鬼の首を取った気になっているわけでは、決してない、ということです。上に書いたプロット推敲のための人物というのは、仕方ない面もあるのです。
物語を書いたことのある人にしか分からないかも知れませんが、プロットを綿密に練れば練るほどキャラクターの個性は犠牲になります。キャラクターを個性一杯に自由に動かすと、物語は作者すら予想しない方向に進み収拾が付かなくなります。この2つを完璧に両立することは、(プロであっても)非常に難しいことなのです。
月姫は綿密に練り上げられた、表と裏の伏線が絡むことで一つの作品としての物語を構成しています。そのためには、要所要所で適度に伏線を剥がさなくてはなりません。そのため、ご都合主義が入ってしまうのは仕方ない面でもあるのです。このような計算された物語の魅せ方を重視する限り、この自体はある程度避けられません。というか現状において、かなり上手く避けているのです。プレイヤーとしては気にならないか、気になっても妥協できる範囲です。実際この点を問題点としている人はなかなか見当たりません。
- 秋葉ほどの力があれば、表シナリオでもシキを倒したのではないか? 倒そうとしたのではないか?
- 秋葉は琥珀の力で自分を維持していたのならば、秋葉シナリオでも琥珀の力があれば助かったのではないか?
- 翡翠・琥珀シナリオ以外で、琥珀の策略は本当にちゃんとあったのか?
- 翡翠シナリオで、翡翠の志貴に対する想いが語られていたか?
- 翡翠・琥珀シナリオで繰り返し語られていた「遠野の家に来なければよかったのに」という翡翠の台詞の真意は?
- 琥珀シナリオで、志貴は琥珀に利用されていることに気づく要因がない(プレイヤーは知っている)
結局は、プロットとして欲張り過ぎたことになるのかも知れませんね。物語に落とし込む段階での余裕がプロットに備わっているか、はたまたプロットすら変えてしまうほどの柔軟な物語構築をして欲しかったように感じます。
他の方法はなかったのか?
ある時点で、ヒロイン(展開しているシナリオの中心人物)が、志貴に情報を明かすという選択肢もあったと思うのです。ですが、この場合は kanon の感想で触れたように、「嬉しくない裏情報を一気に公開」なんてことになりかねない危険性もはらんでいますし、他のシナリオで明かされるべき情報まで知ってしまう可能性があります。
別の考え方をすれば、志貴以外の人物が皆「ほとんど同じ情報を共有していて、知らないのは志貴だけ」というシチュエーションに無理があり、それを教えない必然的理由にも無理があります。
志貴以外の人物も持っている情報量についての違いや、嘘を知らされている人物が居る状況を想定しても良かったと思われます。この場合、お話の構築はより複雑で手間のかかるものになります。またプレイヤーも混乱する可能性が否定できませんが、検討する価値はあるかと思います。
まぁもっとも、私としては登場人物がもう少し自分の想いを語ってくれたならば、他のことは無視できるぐらいには感じられたのですが。
月姫の良いところとその他
今更良いところもへったくれもないかも知れませんが、月姫は決して悪い作品ではありません。そして実際に受け入れられています。良くできた作品であることは間違えないのです。
これだけの構造と、これだけの長さの話をよく書いたというのは素直に驚かされます。すごい、と。練り込み、決してエンターテインメントの一線を外さず、狂気の世界とのスレスレをよくも書いたと。そして物語として魅せ方も非常に上手い。
伏線の剥がし方、そして琥珀ルートにおいては、プレイヤーと志貴(主人公)の情報乖離を演出するあたり、なかなか心得てると言えます。表裏一体のシナリオ構成などなど……よく出来ている点は色々ありますが、まぁ良い点を評するのが(私が)苦手だったりするのが困りものです(苦笑)
音楽は……うーん……。もっともっと作品に見合うぐらい上を行って欲しかったと思います。BGMに徹したらしき話がありますが、シナリオに負けず劣らずぐらいに頑張って欲しいものですねぇ。イベントCGについては、Hシーンに十数枚も割いたのは私には分かりませんが、その半分も他のイベント絵に回せなかったのか、と思います。正直なところ、絵は弱いでしょう。反面、立ち絵の方は気に入っているのも事実です。一般的に言う絵の上手さとは別の、表情の豊かさ、が気に入りました。
シナリオライターさんについて
あちこちのレビューや感想で、プロでない人たちによる……云々という話がありましたが、正確には「元プロの人たち」なんて聞いたことあるんですけど、実際どうなんでしょう。最近はほとんど情報が伏せられてますね(某所の過去ログ、ここも)。
さてシナリオライターの奈須きのこさんについて。これまた聞くところによると「痕、雫、京極作品が好き」なんだそうです。京極作品はよく知らないのですが、調べてみると琥珀シナリオにおいて「すべてが琥珀に操られていた」というのは、「絡新婦の理(じょろうぐものことわり)」が元ネタであるようです。どのような物語かは、検索してください。
どうも、本作の「漢字遊び」と言える副題の付け方や、漢字の使い方に対する執着心みたいなものは、これまたノベルズからの影響という話です。残念ながら、ノベルズを余り読まないので断言は出来ませんけど。
奈須きのこさんは、はたしてこういう雫っぽいもの以外が書けるのでしょうか?普通のラブコメ(恋愛ゲーム)とか。最初はぜんぜん書けなそうとか思っていたのですが、こうやって検証してみると、書いたら面白いかも知れません。その前に世界観に走ってしまわれそうな感じもしますけど(^^;;
月姫のもう一つの選択肢
月姫はいわゆるビジュアルノベル(これ自体元は造語)形式をとりましたが、私は、キャラクター(の想い表現)がイマイチ……と感じました。
なぜか? どうすればよかった? を考察するうちに、たどり着いたもう一つの結論が、キャラクターが動いたり、喋ったりすれば違っただろう、ということです。
ゲームだからあり得る表現形態ではありますけど、無理に自分を押さえ込んでいる感じとか、気持ちを押し殺している感じとか、単純な言葉になのにそこに深く詰まっている想いとか、そういった重い言葉が、映像作品だったら伝わったのに、って。
プルプル微妙に震えたり、表情がちょっと引きつったり、であなりがら普通にさらりと言う。無理して言う。無理して笑う。そういうものを、文章以外の部分が補ってくれたのならば……って。実際に、キャラクターの可愛さみたいなものは、随分立ち絵が補ってくれましたが、微妙な心理や変化していく心というものは補ってくれなかった。本来そういうことを描写するのは不向きな方なのかも知れませんね。
まぁ映像まで行かなくても、ちゃんとした演技の声があれば通じたのではないか、とも思います。
「もし音声を付けるなら、声にしかない、台詞の字面にはない情報を演技に乗せないと」とは、私が銀色をプレイしたときに言ったものです。月姫は、それを実現するのに適した作品、であることに気づいたわけです。
そうなったら、それこそ強烈に印象的な傑作……、になったのかなぁ。しかし……